海外モデル契約90日
22日目:固定概念をぶっ壊す
午後、大手自動車メーカーのCM案件のオーディションが入り、急いでルームメイトたちと支度をする私。
今回はダークヘアのモデル男女1人ずつ選抜されるらしくて、
同じ部屋のリアルバービーはブロンドヘアだから既に不利なんだけど、大きい案件だからか何故か彼女もオーディションに送り込む事務所。
CM案件ではダークヘアのモデルが好まれることは実はよくある。
「私これ、絶対行く意味ないでしょ」って文句を言いながら渋々準備をするバービー。
最年長メンズモデルのダンディーの髪も明るめだけど、髪が短いメンズはすぐに染めれるからとオッケーが出た。
みんなが支度をしている中、私も着替え、メイクを済ませ、自分の剛毛な癖っ毛を頑張ってストレートにしていた。
剛毛をストレートにするのはやたらと時間がかかる。
エキゾチック美女:「早くいくよー!」
ドライバーが着いたとのことで、みんなで車に乗り込んだ。
マフィア子分:「この仕事は大きいから、勝ち取りたい。」
ルームメイトたちも気を引き締めているのが伝わってくる。
1時間ほど運転し会場に到着する私たち。
会場には同じ系統のルックスの美男美女で溢れていて、
指定時間前に着いたはずなのに、既に椅子が間に合っていない状態。
条件ありのオーディションでもこんなに人が集まるのか……。
いつもに増して緊張感に包まれている会場。
私の苦手な空気だ……
既に座って待っている他事務所の美女たちは、みんなボディーラインが見えるようにタイトでシンプルな服を着ていて、
右を見ても左を見てもみーんな美女。もう本当にみんなただただ綺麗。
メンズモデルも似たような系統のルックスの人たちが多くて、しろTシャツなど、目立ちすぎない服を着ている。
部屋の真ん中が演技をするための大きなスペースになっていて、椅子が1つ置かれていた。
これからここで演技をするのか…。
本物の公開処刑だ。
こんなピリピリした空気に包まれている中、
1人、プレッシャーに駆られていない個性の塊がいた。
侍だ。
ワイルドなくるくるヘアを頭の後ろでお団子にしている彼はいつもと変わらない様子で、
会場に入ってスタッフに聞かれた質問に対して歌いながら答えたり、私たちに冗談を言ったり、
完全に空気が読めない奴になっていた。
いつも思うんだけど、スタッフやクライアントはこんな数十人単位のオーディションを開催して、私たち全員を覚えているのか?
……。
絶対に覚えてないと言える自信がある。
精々覚えていても最初の15人ぐらいだろうし、
オーディション終了時に同じようなキメ顔のモデルカードを見返して、
この写真の子があういう演技をした子って瞬時に思い出せるわけがない。
しかも100人分の同じシーンを、撮り直し含め200回300回と見てるとどの演技も一緒に見えてきて、
きっと訳が分からなくなる。
みんな綺麗なんだけど、みんな一緒に見える会場。
メンズモデルも同じ。同じキメ顔で演技して、やっていることはみんなそんな変わらない。
最終的に「もうこの子でいいんじゃない?」って言って選考してるクライアントが目に見える。
しかもモデルのオーディションは万国共通15本行って1本受かればいいほう、と言われているぐらい競争率が高いもの。
こんなぶっ飛んだ美女たちと競って、新人でまだ顔も覚えられていない私が仕事を取れるチャンスってどれぐらいなんだろう。
……かなり低い気がする。
そんなことを考えているうちにスタッフがオーディション開始のアナウンスを入れ、メンズからスタートすることが伝えられた。
毎回、オーディション時は1分ほどの自己紹介動画が最初にあって、名前、身長、事務所名を言って、正面の真顔を見せたり横顔を見せたり、笑顔を見せないといけないんだけど、
もうこの自己紹介動画からみんなスイッチが入りまくりで、
横を向く時にキレッキレッな動きを見せるメンズたち。
演技動画を撮る前に、自己紹介動画を先にまとめて撮るということで、メンズがどんどん呼ばれ、いつもと変わらない様子で進んで行くオーディション。
ダンディーの番が来て、
流石ベテランは落ち着いていてカメラに向かって自分の名前を言った後、ゆっくり体ごと右を向き、正面に戻り、そして左を向く。
最後にまた正面を向き、カメラに優しい笑顔を向ける彼。
次にマフィア子分の番。
自己紹介をし、キメキメな、右、正面、左、正面を披露。
流石モデルらしいし、ちょい悪感が出ているキメ顔がカッコいい。
そして私の隣に立っていた侍が呼ばれ、観客側から移動する彼。
5メートルほど遠目から、何気なくパッと侍の立ち姿を見て、私は笑いそうになった。
……侍。
あなた……
……こんな猫背だっけ……?
いつもこの190センチという巨人を見上げている私だから気付かなかったのか、他のメンズと比べる機会がそんななかったからか、今まで何とも思わなかったけど、猫背がやたらと目立つ、会場ど真ん中に立つ侍。
そのままカメラが回り、自己紹介が始まったんだけど、
会場には巨大なスクリーンが置かれていて、スタッフやクライアントが演技をクロースアップで確認できるようになっていて、
他のメンズがかっこよくキメ顔なのに対して、侍はまだ眠いのか、目もパッチリ開いていない、力が抜けそうな謎の笑みをカメラに送り続けていて、
巨大スクリーンいっぱいに彼の間抜けな笑顔が映し出されている。
横を向くときもキレがない、動きの悪いロボットみたいになってるし、
ふざけてるわけではないんだろうけど、全く気合いが見られない。
モデルらしさが一ミリもない、時代劇映画で言う、「ちょっと抜けている脇役侍」の一言がぴったりになっている。
他のメンズモデルからはきっと、コイツは大丈夫だってライバル視すらされなかったと思う。
で、そこからまたメンズが順番に呼ばれて今度は演技に入るんだけど、
スタッフの指示に従い、車に乗る仕草や運転する仕草を台本通りこなしていくダンディー。
他のメンズたちも同じようにシーンをこなしていく。
みんな堂々と演技するし、上手いしカッコいいし、
中には演技クラスを受けているのか、アドリブを混ぜてくるモデルもいた。
マフィア子分もみんなと同じようにカッコいい演技を披露し、そして侍の番が来た。
また会場真ん中に移動する猫背の脇役侍。
何かを企んでいるのか、終始間抜けな顔で微笑み続けている…。
そして侍の演技が始まった。
「アクション!」の掛け声と共に、ここぞとばかりにふざけまくる怖いものなしの彼。
車に乗るシーンを大げさに演じたり、途中台本にはない、車がぶつかりそうになる演出を加えたり、
自然体で、好き勝手に演じている彼の姿を見て会場が笑いに包まれていて、
演技の技術では他にも良い人はいっぱいいたけど、個性の強さは彼がダントツで勝っている。
そんな面白い、モデルらしくないイケメンを見て、女たちは既にメロメロで、オーディション後「さっきの演技、面白かったよ」と次から次と声を掛けられ、完全に女たちの心を掴んだ侍。
その後、無事ルームメイト全員のオーディションが終わり、私たちは迎えに来た車に乗り込んだ。
侍:「俺の迫真の演技、どうだった?!」
嬉しそうに笑顔で聞いてくる侍。
「最高だったよ!」
笑いながら言うダンディーとマフィア子分。
夜遅く、オーディション結果が事務所から届いた。
他のモデルが受からなかった中、
侍は見事ファイナルに選ばれた。
モチベーション:
★★★★★★6
ピュア度:
★★★★★★★★★★★★★★14
侍の個性の強さ:
★★★★★★★★★★★★12
このストーリーは実話に基づいています。
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