海外モデル契約90日
15日目:プロの腕の見せどころ
ロケ当日。
午前3時、アラームの音で目が覚めた。
昨夜モデル事務所の社長と直々に話し、
撮影までに湿疹を治さないといけないというプレッシャーに襲われ
なかなか寝れなかった私。
外はまだ暗くて、同じ部屋のロシア美女はもちろん寝ているから部屋の電気は付けずトイレに入って、
恐る恐る鏡で自分の顔を見た。
私:「はぁ~全然治ってない…。」
昨日と状況が変わっておらず湿疹は今日も全身に広がっている。
そりゃそうだわ。
こんな全然休めてない中で、治るものも治らない。
自分の顔写真を担当マネージャーに送り、
仕事に行くかどうか、彼女の最終の決断を待っている間、
ゴーが出た時のために準備を進める私。
10分後、
返事なし。
現場で湿疹が少しでもバレないように長袖長ズボンを着る私。
15分後、
返事なし。
荷造りの最終確認をする私。
20分後、
返事なし。
……………。
寝ている…。
この状況で、
モデルが大事な仕事をキャンセルするかもしれない状況で、
まさかの担当マネージャーが寝ている…。
昨日社長は私の湿疹がひくことに賭けた。
私はマネージャーが起きないことに賭けておくべきだった。
迷った挙句ドライバーももう迎えに来るし私は勝手に行くことにした。
飛行機での移動で現場に着くまで数時間あるから、
まだ時間は稼げる。
と言うより私に行かないという選択肢はもう残っていない気がする。
午前5時、空港に到着し眠気ピークの中チェックインを済ますと1本の電話がかかってきた。
知らない番号で取るか迷ったけどマネージャーかもしれないと思い、電話に出る私。
知らない女:「モデルのカリナ?今日ヘアメイクを担当する者です。」
事務所が事前に私の番号をメイクさんに渡していてみたい。
メイクさん:「今空港にいるんだけど、どの辺いるかな?」
…いるんですかこちらに?
一緒に行くのか…?
こんな顔の中、よりによって一番肌に詳しいヘアメイクさんに最初に会うことになるとは。
なぜ事務所は言ってくれなかった。
まぁ言われたところで何も変わらなかっただろうけど、せめて少しファンデーションで隠すことはできたのに。
搭乗ゲートに着くと小柄な女性が椅子に座っていた。
メイクさん:「初めまして~!!」
私を見て、笑顔で立ち上がる彼女。
朝からハイテンションだな。
挨拶をするや否や私の顔をまじまじと見る彼女。
やばい、バレる。
咄嗟に出た私の嘘が、
「あの…私…敏感肌で…」
……無理がある。
どう考えても無理がある。
2秒ほどの辛い沈黙の後、
メイクさんが不思議そうに、
「敏……感肌…?」
って首を傾げてるんだけど
私本人がそう言うからか彼女は何とか納得してくれた。
メイクさん:「今日は動画がメインでフォトショップが効かないから、ファンディーションを重ね塗りすることになりそうだけど、我慢してね。」
マネージャーからはゴーは出なかったけど、メイクさんからはゴーが出て一安心する私。
明るくてお喋りな彼女はその後ずっと私に話しかけてきて、私は眠さもピークだし休みたいんだけど、飛行機の中でも終始黙ってくれなくて、
このストレスで湿疹が酷くなるんじゃないかと心配する私。
2時間ほどで飛行機が到着し、そこからタクシーに乗り無事現場入りをする私たち。
既に現場には、社長が言ってた通り40人ほどのスタッフがいて撮影の準備がされていた。
おーーーー。
本格的だ。
監督、ビデオグラファー、フォトグラファー、クライアントに挨拶をしている間も、
他のクルーメンバーがライトの調整をしていたり、機材を立てたり、
ヘアメイクを終え、スタイリストに着替えを渡されたんだけど、
もう本当に幸運なことに、渡された服が長袖長ズボンで、体の湿疹は目立たずに済んだ。
プロの海外クルーに囲まれ、撮影が開始された。
監督の
「よ~いっアクション!」
の合図で演技を始める私。
40人が私を見ている…。
クルーメンバーが演技をスクリーンで確認したり、音声さんがマイクをチェックしに入ったり、
この監督なんだけど、なんと国内のアカデミー賞で受賞し今業界から注目されている若手らしくて、
穏やかな性格の彼は、緊張気味の私に対しても優しく的確な指示をくれた。
現場のシーン変更のためにスタッフが機材を動かし、次のシーン、撮り直し、次のシーンを繰り返し、
さすがプロたちはすることが分かっていて動きが早い。
楽しくてやりがいの感じる時間で、
主役として働かないといけないモデルの私にみんな気を遣ってくれて、
久々に日本の現場に戻った気分だった。
日本は現場のモデルたちを女王様みたいに扱ってくれて、大事にしてくれる。
日本のモデルたちよ、君たちはラッキーなんだ。海外の現場はもっと過酷な所ばかりなんだよ。
撮影が長いとか外が暑いとか、そんなことゴチャゴチャ言わずにしっかり働くんだ。
ここでは外で日傘をさしてくれる優しいスタッフなんていない。
日焼け止めも持ってきてくれない。
なんなら肌の保湿すらしてくれずファンデーションを直接塗られる。
メイクさんによる顔マッサージやヘッドマッサージなんて存在すらしない。
夜9時半。
長丁場の撮影を無事終え、明日の朝に帰ることが決まっていたため、
クルーのみんなとホテルに向かったんだけど、
それがまた凄く綺麗なホテルで感動する私。
業界トップの人たちと仕事をするとホテルとかもグンとグレードアップされるんだな。
しかもモデルは今回私だけだから一人部屋。
念願の一人部屋。
部屋は広くてバスタブもあって、
ホテル初めての子なのかっていうぐらい1人キャーキャー言いながら部屋中の写真を撮って、
優雅にお風呂に入っている時に鏡を見て気付いた。
湿疹が薄くなっている。
謎すぎるけど、
何が原因かは今だ分からないけど、
とりあえずこの心配ともう戦わなくていい。
仕事も楽しかったし湿疹も治ってきているし、
大満足でベッドに伸び伸びと寝転び
半月ぶりの僅かな1人の時間を存分に楽しんでいる時に、マネージャーから連絡が入った。
マネージャー:「カリナ、明後日違う街に引っ越してもらうわ。」
携帯の画面を眺めて固まる私。
…。
正気ですか…?
折角新しい環境に慣れてきたのに、ルームメイトとも仲良くなってきたのに、
それがリセットされるのか?
理由は以下:
国によってはモデル市場が2,3カ所存在することがあるとか。
例えばアメリカだったら、ニューヨーク、ロス、マイアミがファッションの三大都市。
大きいモデル事務所の場合、複数の都市にオフィスとモデルアパートを構えていて、事務所のマーケティング方針でモデルたちを移動させることがある。
私がこの15日間積み上げてきたものが、たった1通のメッセージで消えようとしている。
私:「他のルームメイトたちは来ないんですか?」
すがる思いで聞いたけど、後から来るかもしれないという曖昧な答えだけ告げられて、私もそれ以上は聞き返せなかった。
1人ベッドでため息をついた。
湿疹がぶり返しそうだ。
ってかこの2週間で私は既に何回荷造りをしたんだ。
モチベーション:
★★★★★★★★★★★★★13
ピュア度
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★21
湿疹の都合の良さ:
★★★★★★★★★★★★★★★★★★18
このストーリーは実話に基づいています。