海外モデル契約90日
23日目:ターニングポイント
私:「お願いします。」
マネージャー:「……。」
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朝、ベッドに横になりながら私はため息をついた。
はぁ~~~……。
海外モデル契約が始まって3週間が過ぎたんだけど、
私の取れた仕事は今だ2本……。
たったの2本……。
私は大丈夫なのか?
いやもしかしたら海外契約ってこんなもんなのかもしれない。
……。
そんなことはない気がする。
契約を豊富にこなしてきた他の美女たちが言っていた言葉を思い出した。
「1ヶ月目は全く仕事が入らないこともあるから大丈夫。新しい所に移ってきて、こんな子が今街にいるんだってクライアントの間で浸透するのにも時間がかかる。」
ってことは2ヶ月目から仕事が入るのか?
ポージングの技術もダンスの技術も上がっているはずだし、無茶ぶりだらけのオーディションにもちょっとずつ慣れてきた。
でも仕事がとれない。
なんでなんだ。
同じ部屋のリアルバービーとエキゾチック美女2人が横で話している間、彼女たちを密かに分析する私。
リアルバービーの強みはスタイルの良さ。身長が177センチの彼女は、ウエストが細くて化け物並みに足が長く完全にバービー人形。それでも出ているところはちゃんと出ている、タイトなワンピースが似合いすぎる体型。
エキゾチック美女の強みは独特な顔立ち。イラン美女独特の可愛いかつセクシーな顔をしていて、オーディションでも男女関係なくよくみんなが彼女に見惚れている。
このぶっ飛んだ美女たちでも仕事をとるのに苦労しているって言うのに、
私の強みはなんなんだ?
そもそもオーディションに行ってもあれだけ人数がいたらきっと顔も覚えられていないし、
私のモデルカードのキメ顔と現実の顔は違いすぎて、
「実際会うと全然雰囲気違うね~!」ってよく言われるし、
それをみんなが良い意味で言っているのか悪い意味で言っているのかは分からないが。
オーディション後に、
あれ、このモデルカードの子、今日来ましたっけ?ってなっていてもおかしくない。
まずあんな背の高い美女たちに混じって、こんな小人が会場に入ったところで視界にすら入っていない気がする。
今誰か通りましたっけ?
風をあびましたよ?
誰も見えませんが、
声は聞こえますよって。
「見下げてごさん?」って
めだか師匠状態になっているかもしれない。
このネタ関西人にしか分からない気がする。
話が大きく逸れたけど、私はとりあえず自分の何かを変えないといけない。
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ヘッドマネージャー:「私たちがあなたを起用した理由はアジアとのミックスだからよ。」
午後、私は事務所でこっちのオフィスのヘッドマネージャーと話していた。
昨日のオーディションであれだけ同じ系統のモデルがいたのに、
ミックスっていう強みは結局似たような子が集まった時に埋もれてしまう。
私:「ショートヘアのモデルが必要なクライアントさんもいるはずです。」
日本の契約時も止められていたけど、その理由は重々理解していた。
ヘッドマネージャー:「取れる仕事の幅が狭くなるから駄目よ。」
取れる仕事の幅って言っても
結局そこで物凄い競争率だったら何も取れない気がするんですマネージャー…。
モデルは様々な仕事に対応するためにロングへアが理想とされていて、例えば、単価の高いウェディングの仕事だったり、シャンプーの宣伝はロングヘアじゃないと書類選考の時点で落ちてしまうことが多い。事務所も仕事を取ってもらいたいから、いろいろなヘアアレンジに対応できるロングの子に優先的に契約を与えることもあって、海外モデル契約を取ってる子たちは9割以上がロングヘア。
ヘッドマネージャー:「クライアントが好まないから駄目よ。」
今でも十分好まれていないから仕事がとれてないんですマネージャー…。
ヘッドマネージャー:「これからの海外契約も取りにくくなってしまうわよ。」
現時点で既に取りにくいからそんな変わらないんですマネージャー!
ヘッドマネージャー:「髪型を変えてしまうと、今使っている写真は全て使えなくなってしまう。また一からテストシュートで写真を集めることになるわよ。」
4年ほどかけて集めてきた写真が全て使えなくなるのか…。
そして全額負担してもらっている海外契約の場合、
契約の途中あるいは契約が決まっている時点で、見た目を変えることは契約違反とみなされてしまう。
何とかこの人からオーケーをもらわないと。
私「個性派で売り込んでください。」
何か見た目に特徴がないと、きっと私はこの業界で生き残れない。競争率の高い海外だと尚更。
今までモデルらしくないとダメと思って、他のモデルをお手本にやってきたけど、
結局勝つのは個性だったり自分らしいスタイルってこともあるし、
あんな個性の塊の侍が昨日のオーディションでファイナルに選ばれたのが何よりもの証明。
私:「お願いします。」
ヘッドマネージャー:「……。」
私の理由付けもあってか、最終的にマネージャーが渋々オーケーを出した。
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私:「バッッッサリいってください。」
スタイリスト:「任せといて。」
切ってしまえばこっちのもんだ。
マネージャーの気が変わらないうちに、
「やっぱり駄目よ」って言われないうちに、
もう携帯も見ないように鞄にしまい込んで、そのまま美容室へ直行した私。
って言うかもともと実はずっとショートにしたかったんだよな。
日本でも契約に縛れてなかなか切れなかったのが事実で、
既に腕の良いベテランのスタイリストは紹介してもらい、一度話していて、
彼も私の背中を押してくれていた。
スタイリスト:「絶対に可愛くしてあげるよ!」
自信満々に言ってくれることで、この人なら任せられるって思って、
要望通り彼はバッッッサリいってくれた。
もう座っている椅子の周りが30センチ以上の髪の毛で埋め尽くされていて、完全にホラー映画。
この髪の毛だらけの床の真ん中から何か出てきそう。
あ、私か。
手際よく切ってくれるベテランスタイリスト。
スタイリスト:「こんな感じでどうかな?」
仕上がった髪型を見て、私は感動した。
私:「おーーーーー!すごーーーーーい!短---!」
って短くしてって言ったから当たり前だけど。
ここまでショートにしたのは人生初めてで知らなかったけど、
とにかく頭が軽い!!
髪の毛ってやっぱり重いんだな。
そして何なんだろうこの気持ちは。
清々しさと言うか、心がリセットされると言うか
だから失恋したら女の子は髪を切るとか言るんだな。
実際に失恋直後に髪を切った子は誰一人知らないけども。
何かでモヤモヤしている方、是非明日にでも髪を切りに行ってください。
その後スタイリストにお礼を言い、私は美容室を後にした。
外に出て、髪の毛をくくってもいないのに、
自分の首に直に風を感じることに感動する私。
まったく後悔とかはなく、
むしろやっとショートになれたー!って嬉しさしかなくて、
やっと自分らしさが出た気がした。
この日から私のモデルとしてのイメージが一気に変わった。
清楚系モデル → 奇抜系モデル
モチベーション:
★★★★★★6
ピュア度:
★★★★★★★★★★★★★13
清々しさ:
★★★★★★★★★★★★★★★+30
このストーリーは実話に基づいています。