海外モデル契約90日
9日目:鬼の契約システム
日曜日午前11時。
狭いリビングでルームメイトの美女たちとくつろぎながら、昨日の地獄の抜き打ちテストを思い出し、私は金銭面でのシビアさを痛感していた。
早くいっぱい仕事とってバリバリ稼ぎたい。
既に契約開始から1ヶ月半が経っているベネズエラ美女とロシア美女。折り返し地点に差し掛かっている2人はリビングのテーブルでお互いのステートメントの紙を見比べていた。
ベネズエラ美女は今日はへそ出しルックにショートデニムで、鍛え上げられたナイスボディーが際立っている。
あのうっすら割れている腹筋が欲しい…。
ロシア美女は肩が見えるオフショルワンピースを着ていて、腰まである長いブロンドヘアが綺麗にとかされている。
ひょろひょろはワンピースが無駄に似合う。
このステートメントとは、
契約中にいくつ仕事をとったか、費用は幾らか、利益はどのぐらいかが全て記載されている明細書のこと。
ひょろひょろロシア美女:「やば~い。私、利益からほど遠いわ…」
昨日生活費をカットされたひょろひょろ美女はそこそこ仕事をとっている。
気強めベネズエラ美女:「私はもうちょっとで費用カバーできるかな。」
気が強くストイックなベネズエラ美女はこの4人の中で一番仕事をとっていて週3~4ペースで撮影が入っている。
私がこの9日間で取れた仕事は1本。あの気絶間近のECサイト撮影のみ。
2人ともかなり切羽詰まっているように見えた。
ソフトフェイスブラジル美女:「まだ1ヶ月ちょい契約残ってるから大丈夫だよ。」
私と一緒にソファーに座っていたブラジル美女がなだめるように2人に言う。
外国人特融のキリっとした顔というより、かわいい顔をしたこのブラジル美女。白い肌に目が明るいグリーンで、ダークブラウンの髪とのコントラストが本当に綺麗。
こんな顔になりたかったって見惚れてしまう。
喋り方もソフトで、いつの間にか人見知りな私が心開ける相手となっていた。
私たち4人は見事に性格がバラバラで、逆にそれがバランス取れているのかもしれない。
唯一同じなのは私以外の3人がパリピであること。そして私がパリピ予備軍であること。
夜な夜な遊びに出かける彼女たちについて行って、現在パリピの弟子入り中。
あの美男美女が集うモデルナイトは確かに中毒性がある。
話が脱線したけども、ステートメントに書いてある利益とか費用カバーとか、
彼女たちの言っていることがいまいち分からない私。
利益からほど遠いってどういう意味???
費用をカバーできたってどゆこと?
完全に話に付いていけていない私を見て、ソフトフェイス美女が紙とペンを持ってきた。
ここからソフトフェイス教授(美女)による講義が始まる。
まず、私たちの契約時にかかっている費用は全て事務所に払い返さないといけない。
この点は私はもちろん知っていた。
・モデル1人を派遣するために事前に事務所が負担してくれる費用 ↓
・家賃:(国の物価による)
シェアハウスでも管理費・光熱費込みで、1ヶ月4万円から、物価の高い香港やロンドンだと10万円以上する。
・生活費:(食費、交通費、光熱費、通信費、衣類・娯楽費、その他全て)
日本に派遣された場合で、週1万~1.5万円って欧米モデルから聞いたことがある。
ここから食費、交通費、通信費、衣類・娯楽費、その他全てやりくりしないといけない
・渡航費 (時期と距離による)
近い国だと往復5万円程で済む場合もあるし、地球の反対側から派遣されているモデルの場合15万以上かかることもある。
・モデル費用:
ビザ代 1万円で済む国もあれば10万円かかる国も。
モデルカード50枚ほどのプリント代(オーディションに持っていく名刺のようなもの)
運転手代(オーディションの送り迎え)
全部足すと、3ヶ月分の私たちモデルの契約費用は、最低でも40万、物価の高い国で70万以上かかっていることになる。
そしてこの3ヶ月分の費用は私たちがとった仕事のギャラから引かれる。
つまり、契約開始時点で私たちには既に40万~70万の借金があることになる。
これはあくまでも最低金額。
生活をしてる中で、美容室に行ったり、化粧水とか切れかけているマスカラとか、ちょっとしたものを買ったりして、
コンビニや薬局で使った数百円のものが積み重なってクレジットカードの1か月分の明細が届いた時に数万円になってて、
あれ~いつの間にこんな買いましたっけ?
みたいな経験はあると思う。
少なくとも私はよくある。
どれだけ節約してるって思ってても、
人間ってやっぱり何かとお金がかかる生き物。
ここで私はソフトフェイス美女の説明を止めて、紙に自分の費用を書き出していった。
隣で手伝ってくれる彼女。
私の事務所に対する借金は55万…。
まぁでもモデルの仕事って単価高いから、90日あればいけんじゃね?( ´∀` )
って軽く考えていた私。
ここからが何かとややこしい手数料や税金というものが加えられる。
事務所は手数料として30%を取ることが多い。
それプラス、マザーエージェンシー手数料が10%取られる。
マザーエージェンシ―。
またややこしい業界ワードが出てきたって思っていると思う。
短期契約で海外に派遣されるモデルは大体、母国で既に事務所に所属しているケースが多い。
親会社(マザー)が自分のモデルを契約期間中貸しているというような考えで、
その期間中マザーには仲介手数料として10%が入る。
まあもう正直なことを言うと、マザーは契約期間中、相当大きい問題が発生しない限り何もしないから、10%自動的に入ってくるみたいなもん。
私が1本仕事を取ったとした場合、そこから30%と10%が引かれ、それから更に税金の10%前後が引かれる。
で、その残った金額から今度は私の費用が引かれる。
例えば、20万の仕事を獲得した場合、
20万 ✖ 60% (2つの事務所の手数料の40%を引いたもの) ✖ 90%(税金の10%を引いたもの)
=10.8万円 が私の取り分。
そしてこの取り分が私の借金55万から引かれるから、私の手元に残るのはゼロ。
つまり20万の仕事をこの90日中に5本(100万円分の仕事)を取った場合、
私の取り分が 10.8万 ✖ 5本 = 54万
だから、やっと借金返済に近付ける。
借金返済後も、事務所手数料や税金は変わらず仕事を取る度に引かれる。
え。。?
鬼システムじゃないか…。
私:「…てことは~…言い方を変えると、
たとえ私がこの90日間にせっせと100万円分の仕事をとったとしても、それ以上仕事を取れなかった場合、私の手元には何も入らないの?」
3ヶ月間、ただ働きってことじゃね?
ソフトフェイス美女:「そういうことになるね~…。ただ、この90日で借金をカバーできなかった場合、例えばカリナがこの90日間で40万円分の仕事しか取れなかった場合、残りの借金は事務所に返さなくていいの。それが事務所のとるリスク。」
リスク…。
私の取っているリスクの方が遥かに大きい気がする…。
3ヶ月の契約期間を終えて、利益の出ない子がほとんどらしい。
いや、そりゃそうだわ!
そして単価の高い仕事ほど競争率が高くなる。
この街で何百人ってモデルが戦っている中で、駆け出しモデルが20万円とかの仕事を勝ち取るって大変だし、
それぐらいの単価になると確実にオーディションがある。
ソフトフェイス美女が説明を続けた。
「もちろん違う種類の契約もあって、90日終了と共に保証金があったり、月給システムの契約もあるけど、9割以上は私たちと同じシステムかな~。中には全額負担してもらえないモデルもいるし。飛行機代は自分で払ったりとか。」
仕事がとれるかどうかも分からない私たちに対して事務所は何も保障できないっていうのは分かるけど、
それって…
もしかして…
ブラックって言うんじゃないんですか……?
完全に事務所が損をしにくいシステムが出来上がっているように見える。
こんなシステムって分かっていながらも、これだけ競争率が高い海外契約。完全に需要と供給が成り立っていない。
日本の芸能界とかお笑い界の支払いシステムも結構なブラックって聞くけど、海外のモデル界もなかなかなものだな。
しかも私はこれを知らずに契約に飛び込んだのか?
誰も何も言ってくれなかったし、契約書にこんなシステムは書いていない。
と言っても、いろいろと考えてみたけど、
世界に出る駆け出しモデルとして今私にできることは、この契約に耐えることしかない気がする。
ついさっきまであった、バリバリ稼ぎたいっていう考えが自分の中であっけなく消えていったのが分かった。
契約開始9日目にして先が見えなくなった私のもとに、マネージャーからオーディション情報が届いた。
ひょろひょろ美女:「日曜なのにオーディションか~。」
準備を始める美女たち。
はぁ。また地獄のオーディションか。
でもこのオーディションを突破するしか、生き残る方法は残ってないんだろうな。
モチベーション ★1
ピュア度 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★27
先が見えない度 ★★★★★★★★★★★★★★★15
このストーリーは実話に基づいています。
前回のお話↓
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タイトルなんてどうでもいい。 8日目 地獄の抜き打ちテスト
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